まねっこどんどん

日刊ノンシュガーレス

[No.227]

こんばんは。
いいなぁ、と選んだものを思い返すと、まさに流行しているものばかりで
結局は流行りに流されているだけなのかな、と自身のアイデンティティを疑っているノンシュガーです。

曲を作ったり、記事を書いたり、ホームページをデザインしていたりすると

誰も作ってないものを作りたいとか、オリジナルなものでないと価値がないと、独自性の発揮に駆られることがあるのですが

それって難しいことだよなぁ、と思います。パクってしまうことを恐れなくてもいい。

というのも、真似とかパクリとかオマージュの境目が、必ずしも明確になっている訳ではないからですね。

法令はもちろん、個人の捉え方や、職業による美学だったりとか、境目がないというよりは、定義しにくいんだと思います。

パクりが100%悪で、オリジナルなものでないと生み出してはいけないとなると、大変です。

誰も知らない言葉で、同じ楽器を使わずに、コード進行は決して被らず、もしかして音楽とは違う形で音楽を表現しなきゃならないかも。耳では聴けない的な。

メジャーアーティストでも、メロディすら似通ったオリジナル曲がありますもんね。

でも、パクりは糾弾されることも多い。
著作権方にあるように、オリジナルの権利が脅かされるからですね。

でも、考えれば考えるほど、境目がわからないな、と悩むことがあります。

どうすればいいかはスゴく抽象的で、ダサいことはやらないと考えるしかないなぁ、と思っています。センスセンス笑

パクリ方がカッコいいと、カッコいいんですよね。
オマージュとか、パロディとか、そうするとパクりも昇華されて、その人オリジナルなもののように感じるようになります。

受け手のセンスも大きい。

そもそも、完璧にコピーすることができるかと考えると、どうせ自分フィルターを通した形でしか生み出せないわけですから。

完コピできるなら、それは逆にすごいことですよね。

だから、真似っ子になってしまうのを恐れなくていいんだなぁと思っていて
それでモノが作れなくなる方が、良くないよなぁと考えたりするんです。

センスなんて結局は経験値。足踏みしてる間に、他の人がどんどんパクりの技術を上げていっちゃうわけですね。

ただ、世間のセンスはどうなのかな、と
照らし合わせるのは必要かなと思っています。

誰かの何かを色々経験して、センスを磨いていくほど、楽しく創作活動できるのかなぁと思った夕暮れでした。

唯一無二の存在でありたいと誰もが思うけど、それは自分がそう思ってればいいや。

また明日から、ファイトですね〜。

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